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2017年12月 8日 (金)

どんな戦いでも勝利を目指す。

先日、那須町立那須小学校の生徒さんたちと交流会をさせていただく機会に恵まれました。



僕たちブラーゼン、自転車を知ってもらえれる貴重な時間です。

このような活動が認められるのは本当にありがたく、自転車が好きな自分にとっては本当にうれしい時間です。





若さんは毎度ながら話がうまい。

とりあえず、自己紹介でサンフランシスコからきたハーフのジョンです。
で一滑り。

滑ってもめげません。

さあ。

交流会の前に南ヶ丘牧場さんでPTAさん達を含めた打ち合わせがありました。
そこで知ったのが交流会の中の催しにキックバイクリレーレースがある事。
そう
レースです。

僕はレースと聞き、血が沸騰していくのを感じました。

沖縄以来のレース。

選手スタッフ含め4チーム2人ずつにわかれる。

発表された僕のペアは郡司だ。

巨体でキックバイクに乗った瞬間バイクが大破する危険をはらんでいるがその前にメカニックだ。

リレーで1番大切なのは?

そう。バトン渡し

すなわちPIT作業。

ライダー、マシンだけでレースが成り立ってる訳ではない。

PITストップも重要なレースの要素だ。


僕がバイクを受け取り郡司がヘルメットを前走者から外し次の走者に渡し着ける。

僕たちの中に勝利の方程式が見えた。

脳内、ライディーン再生。

レースは松川屋さんのクリスてるみさんの合図とともにスタート。




スタートダッシュはまずまず。
折り返しのコーナーでは試走段階で一度転けたのでイージーに。
若さんに少し先行を許してしまったが、ここからがレース。





郡司と落ち着きピット作業を行う。
安全最優先にして最速に。

小学生、親御さん一同息は皆ぴったりだ。

明らかに僕らは速かった。

怖いくらいにスムーズだ。

勝つ時なんてそんなもの。

勝ちに行った結果だ。
本気で勝利を目指した結果なのだ。


最終走者まできて郡司に、「最後たのみますよ」と。


ヘルメットをしっかり被り、さあ。ウイニングラン。
チームのみんな待っててくれよ。
コーナーを曲がりたか高く手をあげる。
ふらつき転けかけるももう一度立て直し手をあげる。

周りのチームより3人くらい速くゴール。


勝利だ。

吉岡郡司チームのみんなありがとう!
親御さんも頑張って頂きありがとうございました。

今年最後のレースで勝てて良かったぞ(°▽°)
おっさん嬉しかったぞ!

小学生に力をもらいました^_^





どんな時にも別れの時はくる。

短い間だったがみんな友達だぜ!

練習で見かけたら応援してくれな!

みんなも明るい未来にむけ突っ走れ!


改めまして最後に。
皆さま、今回このような機会を与えくださりありがとうございました!




2017年12月 7日 (木)

清水監督。ありがとうございました。

オフになりなんやかんやで時がすぎ、、、
今更ながらの沖縄レポート後編。

今に書くから思い出せていいんじゃね?

忘れてたわけじゃないですから(棒読み)



さて


清水監督から沖縄出発3日ほどまえ電話がかかってきた。
2分走でもがいてる途中だった。
メニューを全て終え電話をかけると退団すると言う話だった。
ミーティング明日な、とか、沖縄着いてから自走か車か?とかそんな話だろうと電話したが全く予想していなかったので少しの間、その場でポカンとしていた。

自分はブラーゼンを去り、来年に関して携わることはないだろうが、やはり複雑な気持ちにはなった。

自分としても最後のブラーゼンのユニフォームを着てのレース。
監督としてもとりあえずはブラーゼンとして最後のレース。


気持ち的には
「チームのため、監督のため、自分のために」
だった。




レースの朝。

いつもは4時まえの起床だったが今回は毎年より遅く起床した。
とりあえずは汚らしい話、食べて大ちゃんをする時間を取れればよいので、30分ほど予定よりゆっくり寝た。

起きると目覚めよくシャキッとしている。
こんな沖縄の朝ははじめてで食事も進んだ。

部屋に帰りレースしたく。

柴田の鼻歌がうるさかったがとりあえず気にしないようにしたく。

大ちゃんもしっかりでて準備万端。


日の出とともにレースは始まる。

スタートしてすぐに逃げが決まった。

ここに力的にも数的にも不利なブラーゼンは絶対に逃げに乗せたいところ。

調子の悪かった岸が逃げに乗った。
かなり不安はあったがあいつもプロ。
やってくれるはずだととりあえず集団後方で待機する事にした。

1番気を使ったのはスローペースでも極力脚を使わないように走る事。
下り基調で前にある程度上がり、登りでは徐々に遅れながら、つまり力を出さずに集団にギリギリつけるくらいの力でセーブしながら走った。

柴田にアベレージの力を聞いたがかなり低く走れていた。


しばらくして有力どころがセオリー通り先頭を引きだし、逃げを捕まえに。

タイム差的にも最初に動きがあるとすればおそらく小学校の登り。
昨年もここで集団がばらけた。

小学校の登りで若干ばらけたものの集団のまま。

アップダウン区間でアタックはあるし、追走逃げもできたりするが、やはり集団のままだった。

東村ではもう岸ら逃げは吸収されていた。

岸はやってくれた。

ここからは柴田、僕の仕事。

少し気を配り損ね飲み物がなくなってしまっていた、車に取りに行くには少し厳しい展開時だったので柴田に少しボトルをくれと手を伸ばした。
柴田も少ししんどそうだが自分にボトルを渡してくれた

が。

2人とも手を離すタイミングミスりボトル落とす。


危機的状況。

普通に考えてやばい状態だけどなぜか笑いが生まれた。。。

その後すぐにアタックに反応して行く柴田。

カオス状態。。。

そんな時、少し遅れていた岸が集団復帰してきた。

悪いが最後の力を使ってくれ!
と言わんばかりにボトルを取りに行ってもらう。

ありがとう。

その後柴田も集団に戻ってきて岸がまさに最後の力を使ってボトルを取りに行き、なんとか危機を脱した。


ここからの柴田は本当に頼もしかった。

かなりのアタックに反応してくれ自分は良い状態で最後の勝負処、羽地ダムに到着した。

羽地ダムの下で柴田からかなりキツイと聞く。
了解。と答える。
柴田がキツイ分、自分はかなり脚をためられた。

ここで少人数になるように絞りたい。
スプリントも練習では良い状態だったので、もがける選手は削ってクライマー系の選手だけになれば勝てると思っていた。

登りに入りチーム右京、ベンジャミン選手がスルスルと前にでる。
自分もすかさず後ろに。
そしてペースを上げるように前にでる。
登り真ん中あたりのトンネル通過時には5人で集団とは数秒差をつけだしていた。

いける。
なんとか頑張ったがそううまくいかなかった。

下り返しで集団に追いつかれた。

そこからは下り。

名護の街まで下ると、あとは単発の逃げが怖い。
自分は1人なのでうまく立ち回らないと最後のスプリントになれば勝負できない。

集中して見極めながら走る。

本当に最後まで決定的な逃げはできなかった。
20人以上いるスプリント。

スプリントになれば龍、畑中さんがくるのは間違いなかった。
龍の後ろを取りたかったがその後ろはきっちり畑中さんがついていた。
後ろから不意をついてスプリントしかけよう。
とラスト500に入ったあたりで。

佐野さんアタック。。。

まじか。

ゴール500mでスプリンターが前に出すぎてたのもあったか、一緒アタックに止まってしまった。

佐野さんの1分走の力強さは明らかにハンパない。

やばい、、、

ここで2人チームメイトがいればよかったがそれはたらればで、自分も動くことができず止まる。

その間に一瞬で周りを囲まれてしまった。

まじか。
もがけない!

佐野さんを追いかけるどころかもがくことすらできないくらいキチキチに囲まれてる。

終わった。

と思ったが一瞬隙間があいた。
すかさず狭い隙間だが入って行きもがく。

さらに隙間をぬってぬって、

結果は5位。

悔しい結果だが最低限8位はクリアした。
だが悔しい。
本当にくやしかった。

監督に最後また優勝して泣いてもらいたかったな。





監督。
ありがとうございました。

ブラーゼンによんでいただき本当にありがとうございました。

僕も監督も歌はあまりうまくないかもしれませんが笑
またお酒でも飲んでカラオケに行きましょう。笑

3年間ありがとうございました。

そしてご結婚おめでとうございます!!


次ブラーゼン関係者で結婚するのは、、、

( ・`ω・´)キリッ


それでは!

2017年11月22日 (水)

今更ながらの沖縄レポート

今更ながらの沖縄レポートです。

大学時代から3度出場しているものの先頭集団で走った事がないレース。

合宿も大学時代からしてるし、今までの沖縄滞在時間を合計すると半年くらいは沖縄に住んでる計算。

シーズン始まりは沖縄で合宿と言うのが例年の常であるので、シーズン終わりも沖縄と言うのが非常に良い。


今年も1週間ほど前から起きる時間を調整していった。
スタートは6時40分くらいなので、食事など考えると4時あたりに起きるのがいつもだから。

チーム内でもシーズン終盤と言うこともあり、コンディション的にもバラツキが明らかにありそうだった。

レース前の練習では最低5時間は絶対に乗っていて強度もかなり良い状態で出せていたので、距離、強度に対しての不安はなかった。
ただ、チームとして機能しなければ昨年の二の舞になる事は確実だった。
そこに対しては不安感を抱え、沖縄に向かった。

空港までは勝風館、ロイムーさん事、室井さんに送って頂いた。いつもいつも本当にありがたいばかりです。

今年3回目の沖縄。
9月の北海道でいろんな意味でズッコケタのでなんとしても成績を出したい。

沖縄に着き自転車を組み立て70キロ離れたホテルへ。
途中、岸がスローペースでも千切れ、ダイジョブか?と思う。。。

今年1月にもジャパン合宿でお世話になった、ゆがふいんになんとか無事到着。

脚は地味に重い、、、
が、練習疲れ、移動疲れかな。

夕食は少し軽めでお風呂に入り、早めの就寝。



レース前日、起床は4時半。
何度かウトウトするも、、、
なんやかんや、ケータイ見ながら時間すぎ、日の出を見ようと外に行くが雨が、、、
ホテルロビーで彼女にモーニングコールし、7時にそのまま朝食に。

10時には瀬底島にむけ出発。いつもは古宇利島に行くのだが、距離的に少しとおいかな?って事で初瀬底島。

行ったが、、、
古宇利島よりはあまり観光用に整備されていないのか人はほぼいなかった。お店も少なく、同じくらいに到着したサイクリストの外人が海に入っていくのを静かに見送りそのままホテルに引き返した。




お昼は大学時代の合宿でよく行っていた食堂でソーキそばを食べた。
開会式までは若干時間があったので少し睡眠。

開会式会場に着くとそれぞれチームごとにテーブルが置かれており、オードブル的なものがあったが椅子がなかった、、
立食か!?
辛いぞ、、、立つことになれていないし、、、明日に響く可能性あるぞ、、、
と思ったら椅子が登場。
すぐ椅子をもらい危機を脱した。

オードブルは所謂選手の食事ではなかったので、主催者様には申し訳ないが手をつける事は出来なかった。
他のテーブルも手をつける選手は少なく感じた。
これは少し残念であり、勿体無いなと感じる所ではあった。
これいらんから、賞金少しでもあげてくれ!っとか思ったり思わなかったり。。。笑

開会式が終わり、すぐにホテルに帰って食事をとり、早く就寝。
柴田はいびきをかくと少しうるさいと言う事実を新たに知りながら睡眠。


レースの朝。

続く笑
長くなりそうやし






2017年11月 1日 (水)

鼻の穴、柔らかい物やったら意外と大っきくても通る説検証しました。

カードゲームのパックサーチ反対派、吉岡です。

今日はロング練。

スタートから地味に速いペースで柴田と別名、大田原のチョモランマ、こてやさん目指し那須を南下した。


こてやさんで行うメニュー数値に近い強度で道中走ったからか思ったより早くついた。
遠回りしたはずなのに、、、

メニューも難なくこなし、スプリント練

スプリントインターバル中、酸欠の中、手鼻を柴田に向けてかむフリをするイタズラをする。エースたるや、余裕がなくても余裕を見せる。これ常識ね。
柴田の薄いリアクション、その直後、道脇の溝に前輪ハマり、僕、ジャックナイフ、、、
幸い僕の天才的な重心移動により落車は回避。何事もなかったようにとまる。
ふう、、、
2度と柴田にしょうもないことしんとこ、、、


その後監督にバイクペーサーで引きずってもらい、最初の予期せぬオーバーペースにオールアウト、、、

その後ハンガーノックになってしまったりなんやかんやあったが無事に帰ってこれました。

帰ってきたら4時。

そっからスーパーに行って夕食の買い出し。





夕陽が綺麗だとかんじた一日。

この後夕食でむせて、デカイ鶏肉が鼻の中に入ってあわや大惨事になりかけたことはまだ知る由もない吉岡であった。





2017年10月28日 (土)

Jプロツアー 終了

こんにちは。
コンビニでいうとセブイレのカフェラテが好きなヨシオカです。
関西人がセブン言うたらしばくで。

今日でJプロツアーが終わりました。3月からの長い戦いでした。

結果としては、最終戦6位、計算が正しければ個人総合3位で終わりました。

ジュンヤさんに最後勝たれてしまい、逆転でジュンヤさんが個人総合2位。チームの最終戦目標としていた僕の個人総合2位を守ることができなかったのは悔しかった。
元チームメイト、ジュンヤさんに最後やられたのはなんだか因縁ある感ありますね、、、
しかも20点差とかやしマジくやしい、、、

まあ積み重ねでの結果なので、今日だけの事ではないですね。

ブラーゼンとしてのJプロツアーランキング的には過去最高位ではあった事は少しでもチームに返せたのではないかと思います。

ホントにみなさま、一年間応援ありがとうござ、、、


まて。

まだある。


オキナワ!!!


ホントの最終戦。


あと2週間。


最後にこのメンバーで笑顔で終われるのが今の僕にとって一番嬉しい事です。
だからまた、あの3月の宇都宮のように。




2017年10月22日 (日)

ジャパンカップ

今年こそ、このレースで何かしたかった。
形に残るようなこと。

ブラーゼンとして3回目の出場となるジャパンカップ

台風の影響でなかなかきびしいコンディション。
そして10周に変更となった今回のレース。
大荒れな予感でした。

自分に課せられた任務は山岳賞一本でした。
なので、展開的には逃げに乗る事が必要になってくるのがわかっていたので、しっかりスタート前はアップも完了させました。


レースはスタートし、すぐに逃げができそうな感じがするも、1周目頂上では集団が後ろにせまる厳しい感じ

そこからアタックあり逃げができるものの、3人先行10人追走という形になってしまった。
これが致命的になってしまった。
下りきり、国道にでた時には前が見えており、自分もさすがに追いつくだろうと考えていたのが甘かった。
あまりうまく追走は回れずにペースは思うようにあげれなかった。山岳賞を狙うという作戦があるため、追いつかないとだめだが、1人で使い切るくらいガンガン引く訳にはいかなかった。
予定通り、もう1人逃げに乗れていればもしかしたら、、、
にしてもいった3人がみるみるうちに離れていき、とても強い逃げができてしまったと感じました。
後ろもタイム差がつまりだし、きびしい常態でした。
ペース上げない訳にもいかないし。。。
残り6周めあたりで後ろの集団が追いついてきた。
ん?意外と少なく感じ、やはりいつもより早い展開だなと再確認。
柴田はなんとか残っていたがどこか厳しさがあり、岸も追いついてはきたがその前に千切れて追いついてきているので、登りで厳しいか、、、

登りはやはり遅くはなく、逃げである程度脚を使っていたのもあり、かなり厳しかった。

なんとか毎周回、集中し登りを超えていく。

ラスト2周下りきりで今日のレースの決定的な追走ができてしまった。
そこからラスト1周、登りで自分は千切れ、山岳賞も15位以内も入れず、ただのゴール。

山岳賞もなにもできず、ただただ悔しさのみが湧き上がってきた。
ブラーゼンを出るまでにこのジャパンカップで結果を出したかった。
逃げには乗ったが追走だし、その後も全然ダメな走りしかできなかった。。。
中途半端な走りしかできなかった自分に対してイラついた。

この雨の中、僕達を応援にきてくださった方々がいるのに本当に悔しい。
勝つのも1人だけだし、山岳賞とれるのも限られた選手のみ。
厳しい世界です。
それだけ悔しい思いもするのがレースやし、やはり勝てれば嬉しいのがレース。
この悔しさを味わってるのは僕だけじゃないしな。
だからできるだけ早くこっから切り替えてラスト2戦狙っていく事が良いかなと思います。
ので
切り替えます。


この悪天候のなか、応援してくださった皆様に心よりお礼申し上げます。

2017年10月18日 (水)

4年前の悲劇!?

http://d.hatena.ne.jp/kyoto-sangyo-univ/20131029


4年前出場したジャパンカップのレポートです。

この時はアンダーにしてはまあまあな第二集団に残ったのを覚えている。
15位圏内の集団にいたが、目がチカチカする
やつがでてきて終わった。
何を言ってるのかわからないでしょう?
はい。僕も何が起こったのかわからなかったんですよ。
目の焦点の中心部分がチカチカして見えなくなったんですから。

あの目がチカチカするやつの正体はいまだ謎やけど、低体温症だったのかエネルギー切れか、、、
レース後回復しましたが、それほど色々とハードなレースでした。
病院とかいったほうがよかったんやろな。


それを体験しているから、日曜日の雨予報を聞いた時はすぐにこの日の事を思い出しました。

観客の皆様も、完全な装備を忘れずに。
備えあれば憂いなしです。

長靴、カッパ、ありとあらゆるものを防水する事をお勧めします。

ただ、雨が降った場合、無理をして観戦しないで欲しいです。
僕らは皆様の応援があってこそレースが成り立っています。だから応援して欲しい。本当に応援がありがたい。
ですが、無理をして、寒く、辛い中の観戦で体を壊すことだけは避けて欲しいです。

楽しい、良い思い出を作るため、観戦される場合は、準備満タンで!宇都宮に来てください!

まってます!!






2017年10月16日 (月)

イライラしたレース。イライライライラ言ってたらライライになるから、ラララライ!ラララライ!になって...

こんにちは。
弱ペダで好きなキャラは2年になった杉元くん。
吉岡直哉です。


さて

昨年度は、下島のプロ初表彰台に終わった大分。
思いのほか、うまくいったと言えばそうだった。

遠征は選手3人、スタッフはメカグンジの4人でのレース。


空港に到着し、なんやかんやあったが無事に大分に到着する事ができた。


1日目はクリテリウム。
終始、マトリックスやブリッツェンが先頭でハイペースでコントロールする展開。
昨年のようにうまくはいかなかった。
下島を最後のクリテリウムで表彰台に上げることはできなかった。
下島自体も、原因はわかってるはず。


2日目、ロードレース。
コース的にも自分が得意なコースである事は試走の段階でわかっていたので、うまくスプリントできれば勝てる自信はあった。
ただ、3人と言うことで、思うことは、大きく崩れるか、大勝利を収めるかだなという事だった。
後手を踏めば終わりなのはわかっているが、脚を使いすぎるのも最後の不安要素につながる。
いつもと違う緊張感を抱きながらスタートラインについた。
1周目からアタックはガンガン、、、
結果は、後手に回りすぎた事で、大敗しました。
見極めができなかった。
間違いなく脚は無くはなかった。
レース中、ゴール直後は、
下島や岸、もうちょい頑張れやಠ_ಠ
ってイライラしてしまったが、逃げができたときの僕の判断ミスが大きかったのは確か。

温泉に入ってドロドロになった体を流し湯に浸かったが、どこか温まりきらず、食事を食べてもあまり美味しく無かった。負けたあとなんてそんなもんだ。勝者しか喜ぶことはできない。美味しいごはんも食べられないし、心もみたされない。
Jプロツアー3勝の目標が叶う事がなくなった失意は大きい。
悔しさ、申し訳なさでいっぱいだった。

空港のロビーのカフェで4人で飛行機を待った。
若干、雨の影響で遅れているみたいだった。
来年の事や去年の事、チームの事など話しながら那須へ帰った。

みんな一様にフラストレーションを抱えているように感じた。
あと3戦だけど、3戦全てデカいレース。

那須へ着く頃にはすでにジャパンカップの事で頭が一杯になっていた。さっきの気持ちはかなり薄くなって、ただただ、ジャパンカップに対しての熱が強まった。

悲しいけど、ブラーゼンでは最後のジャパンカップ。
笑顔でゴールできるため、精一杯やる事やります!




JALさんのこの心遣いはよいね(゚∀゚)

グンジは今回、監督、マネージャー、メカの仕事。
3日間しっかり仕事をこなしてくれた。
本当に頑張ってくれてありがたかった。
特別ボーナス上げたってください!(゚∀゚)笑


今回の遠征に行くため、ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございました。結果に対して、本当に悔しく申し訳なく思います。
あと3戦、なんとか皆様に喜びとして返せるようにがんばります。

2017年10月10日 (火)

那須岳の殺生石は遺跡やなくて史跡。おれは移籍。

最近抜け毛が気になりだした吉岡です。


さて


チームからの発表がありました通り、私、吉岡直哉は今期をもって、那須ブラーゼンを退団する事になりました。

退団であって、移籍でもあります。
引き続き、自転車で走ります。

3年間お世話になったブラーゼンを離れるのは寂しさもありますが、これは自分の考える次のステージへの階段を上るための決断です。

チームユーラシアから移籍し、最初は右も左もわからない地域密着チーム。
今は地域密着チームの意義、皆さんの応援の力。
ブラーゼンで過ごせた3年が本当に幸せなものだったなとかんじています。


僕は移籍します。
そして新しい選手がブラーゼンに移籍してきます。

今更ながら、今だから言いますが、
2年前、Jさんや龍が卒業した時、一部の方に言われた、『ブラーゼン大丈夫かな?』
『ブラーゼンはもうダメかもな』
というの。
正直悔しかったです。
ブラーゼンに恩返ししたい、俺が勝ってやる!と思い、ブラーゼンに残った意思も半分あったから?か、心のどこかからか、悔しい気持ちがこみ上げてきました。

来年のブラーゼンの皆んなはきっとやってくれますよ。



ブラーゼンに恩返しできたか?は、正直わからないけど、
でも僕は色々と成長する事が出来ました。
それはブラーゼンに関わる、応援してくださる皆様のおかげである事に違いありません。
本当にブラーゼンに貰ってばかり。

ブラーゼンと言うチームは移籍してもきっと好きだと思います。

もっともっと強くなってさらに前へ進む事がこの先の恩返しでもあり、自分のためにもなる選択だと思います。

だからもし、ブラーゼンじゃない吉岡でも、もし、応援して頂けるなら目一杯応援してください。
そのぶん僕も頑張れるはずですから。




移籍先のリリースは楽しみに。もうしばらくお待ちください。



って、まだシーズンは終わってへんからな。
3勝目標変わってないですからね!




2017年9月24日 (日)

クライマーではないと思うねんけどチームから言われたらしゃあない。俺クライマー

スーパーで無地白シャツジャージズボンに、真っ青のブーツを履いたおじさんと出くわし、
ファッション、おしゃれ とは?
と言う永遠のテーマがさらに理解しえなくなった吉岡です。


膝もかなり良くなってきたので、メニューも火曜から再開できていました。

水曜の練習では那須岳TTしましたが、全くパワーも出せず、そもそも頂上まで登り切る事すらできず、柴田に千切られる。
柴田に数値を聞くとかなり高いパワーと、自分より速いタイム。

この時点で明らかに強くなっていると感じたので柴田に日曜のヒルクライムに集中しろと伝えた。
明らかにプレッシャーになっていたのがわかったが、それでも力的に確実に表彰台に上がれると思っていた。

ミーティング、前日もヒルクライムに備えろと、その話しかしてないんじゃないかくらいつたえた。

日曜日、クリテリウムで意外と調子が良くなっていたものの、逃げ切り目指しかなり踏んだので疲労はかなりあり、朝4時に目覚めた時にはあ、、、ってなった。
重いな、、

レーススタート時刻。
6時50分と言うスタート時刻のわりにスタート地点には人がぎょおさんおるなあと感じた。
この時間のスタートに合わせて、競技役員さんは何時起きなんや?大丈夫かいな?と若干心配になる。
本当にありがたい限り。

スタートし、岸、西尾が良い位置で走ってくれ後ろにつく。身体重いし、少ししんどいけど頑張ろ。

下島はいないな?
昨日そんな疲れてへん言うてたんやから上がってこいやと思うも、そもそも登られへんからもう切れたんちゃうか?と思った。
柴田は?
変に後ろやとあかんぞ?
と思っていたら岸があげてきてくれた。
まあよい感じやな。

勾配上がってきたとこでホセ選手アタック。
身体が反応するもきつい。
頑張れば追いつけるけど、たぶん頂上まではついてけない。バックファイアーして終わるな。
力の差を見せつけられ、かなり悔しいがペースダウン。
と、後ろからきた3人に合流する。
ここに柴田はいないとダメだった。

そして、その前のアタックかかった時に柴田が先頭に見えていたら迷いなくホセ選手を追いかける事が出来ていた。

もう少し細かく作戦をはなせばよかったな、、、

にしても米谷選手、強いな、、、
かなり先頭で引く。
そしてたれない、、、
田窪選手はかなり余裕そう。


だけど、合流して少ししてかなりきつい状態だったため、
アタックがかかると千切れてしまった。

そこから粘るも、やはり前には追いつけず、5位でゴール。

後ろを振り返るとすぐ後ろに柴田がいた。

アタックかかった時には全く後ろに見えなかった柴田がそこにはいた。

後ろからどんなけ踏んできてん。

凄いけど、これはレースやから結果が全て。
柴田には口うるさく叱った。

今年、1度も目立った走りができていない柴田が絶対今日はやってくれると予想していたができず、自分も徹底できていなかった不甲斐なさで悔しさはかなりのものだった。
怒りと言うより、もっとなんかできたなって言う悔しさだった。
柴田はプレッシャーもあっただろうが、パワーとしてはかなり高いパワーを出せていた。

結果としては残念やったけど。
もう少し、でももう少しでブレイクする時が来ると感じた。



長々とあれやったけど
一番は、
俺もっとがんばれよ!!

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