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2016年9月

2016年9月 9日 (金)

ツールド北海道

ツールド北海道。
リーダージャージの増田さんまでは1分4秒差で迎えた最終日。

今年の目標である、UCIポイントを獲得するためには総合成績で10位以内、もしくはステージ3位以内に入る必要がある。
残念ながら、集団完走では総合成績もあがらず僕がスプリントとなれば勝ち目がないのは目に見えてわかっていた。


前日に、ラストに下島がいればスプリントできると言う話をしたが、下島は自分に、昨日のようにアタックするような動きをしたほうが僕の力が生かせる。生かして欲しいと言っていたので、とりあえず最後に下島を牽引すると言う選択肢は無しにした。

だから自分がやる事は一つしかない。

エスケープ。

ただそれだけが勝ちに1番近づける方法だった。

最終日まで辿り着いたのは3人。数的不利は承知。
完全な負け戦。(1日目に負け戦にしてしまったのだが、、、)

だけど負け戦を勝ち戦にしたかった。
負け戦を勝ち戦にしてこそ最高の武功。

スタート地点から35キロ程でその逃げは決まった。

メンバーはかなり良い。

ジェリーベリー モートン選手
マトリックス ホセ選手
ブリジストン 西薗選手
シマノ 木村選手


メンバーを見ながら最後に飛び出した。




総合成績に絡んでいるのは自分だけだったが、タイム差はどんどん開いていく。

10分ほど開き、少しするとタイム差が詰まっていった。

勝負がはじまった。

下りでも出力は上がっていた。
支笏湖の湖岸沿いはまさにチームローテーション。
シマノ木村選手は少し苦しそう。
木村とは大学の同期。4年間大学を共にした仲だ。
連日アタック、逃げに乗っていた木村。あきらかに苦しそうなのはわかったが、他のメンバーは大丈夫そうで、残り距離はそうなく、タイム差はこの湖岸に入ってから少しだが開いた。
行くしかなかった。

支笏湖の湖岸で、目標を総合逆転一本に絞ろうと決めた。

全日本の悔しさ。
次に標準を合わしたのはこのレース。北海道だった。
全日本終わった翌日から色々な事に制限をかけた。
なんとしても。

北海道行きの仙台空港では気合が入りすぎていたのもあり、それが外に出てしまって、清水さんにまだ早いと抑えられた。
それがなかったらまた熊野のように気合が入りすぎて焦って全てを無にしてしまっていただろう。

なんとかラストの登りを終え下りに。

いくつか危ないカーブもあったがビビらず突っ込んでいく。
まだ1分10秒ほどあった。まだバーチャルリーダー。
1分ちょうどなら、ホットスポットも取っていたのでギリギリ勝てるか勝てないかのところ。

とにかく踏む。
勝つことだけを考え踏む。

残り5キロ1分。
まだいける!

勝ちたい!以外に何も考えれない。

ただ全開で踏む。

ラスト1キロの看板がなかなか見えない。
苦しい。だけど勝ちたい。

牽制がはいる。

自分は違う戦いをしているため牽制に入っている場合ではないが難しい。

モートン選手アタック。
ホセ選手もアタック。

つけない。。。

本当に苦しかった。

なんとかゴール。

その30秒後に集団がゴール。

負けた。

わかった瞬間涙が止まらなくなった。

少し泣いて動けなかったが、ちょっとして北海道のガラナ飲んだら元気になったよ。

本気でこんなに泣いたレースは大学のツールドおきなわ以来だ。

悔しさ、あの時とはレベルも違うが久々に悔しかったよマジで。

泣いた次の年はいろんな面で強かったな。



とりあえずUCIポイントを獲得するという目標は達成しました。
階段をまた一段あがれたんです。

また上がるよ。一段一段しか僕には無理だけど。

また上がるよ。

もっと上まで。


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